ホワット・ア・スモール・ワールド
ある日の夜、俺はそいつといつものように口喧嘩をしていた。
「ヘッ、ガキはすっこんでな」
「あーっ、K’、またわたしのことガキって言った!」
「ガキにガキって言って何が悪いんだよ」
「K’のばか!K’がガキになっちゃえ!」
俺はクーラの怒号もどこ吹く風と部屋へと歩いていった。
毛布を拾い上げ、ソファの上に無造作に寝っ転がる。
…悪いな。ガキの気持ちなんてわからねえよ。
ガキの頃の事なんぞろくに覚えちゃあいねえ俺には無理ってもんだ。
―――そう心の中でつぶやくと、俺は毛布の下で眠りに落ちていった。
ジリリリリリリリ………
寝起きの頭にけたたましい目覚まし時計の音が鳴り響く。
朝の日差しの中、非常にけだるそうに瞳を開き、動き始める人影がある。
「(ったく…うるせえな。マキシマの奴がセットしやがったのか?)」
K’は乱暴に目覚まし時計のボタンを手で叩いて止めようとした。
しかしその手は寝床代わりのソファを叩いた。
「(ったく、音がこんなに近いのに離れてるのか?面倒くせえ…)」
K’はしぶしぶと這いずり、目覚まし時計を止める。
「うおっと!」
勢い余ってソファから転げ落ちたK’はゆっくりと起き上がった。
起き上がったはずなのに、視界が低い。
どこか世界がおかしい。
ふと振り返った時、K’は妙なものを発見した。小学校に上がる前くらいの小さな男の子供の姿である。
それが映っているのは…もしかして鏡ではないか?
鏡?
「うわああああああぁぁぁあぁぁあ!!!!!」
甲高い子供の声の叫び声が部屋中に響き渡る。
「俺が子供になっちまってるゥゥゥ!!!」
鏡の前の男の子は、とんでもなく信じられないという表情を浮かべていた。
「なん…っで俺が!?」
ズボンもシャツもダブダブ。手は小さく身長は1m10数cm程度。声もまるきり子供の声。K’は自分の手と鏡をせわしなく交互に見やった。
そう、K’は突然子供の姿になってしまったのだ。
「ったく、こんな朝っぱらから何騒いでいるんだ?」
ドアを開けて入ってきたのは巨漢の男はマキシマであった。彼の目に、子供の姿となったK’が映る。
「マキシマ!」
「えっと…もしかしてK’か?」
マキシマは首をかしげながら、呆れたような面持ちで頭をトントンと叩く。自分でもその発言に呆れているようだった。
「どうしてそうなったのか説明してくれないか?」
「俺だってわかんねえんだよ!こんなワケわかんねえの!」
「お前の体に施された改造が何らかの変異でも起こしたんかねえ…まいったね、データベースに無い。完全にイレギュラーな事態だ」
「早く元に戻る方法を教えろよ!」
「俺にはさっぱり見当がつかんよ。ウィップなら何か知ってるかな…おっとここ数日は用事でいないんだったか」
「冗談じゃねえぞ、こんな姿…あいつに見られたりしたら…」
狼狽し冷や汗をかく子供K’。その瞬間、
「マキシマー、何かあったのー?」
扉を開けてクーラが姿を現した。
悪夢のような表情を浮かべ硬直するK’。そして、それを目に捉えるクーラ。
直後、クーラの表情が大きく「にま〜」と緩んだ。
「きゃはははは!はははははは!」
大きな声を上げながらK’を指差し、大笑いするクーラ。当然、K’の顔は苛立ちを隠さない。
「笑うんじゃねえよ!」
本気で怒っているのだろうが、悲しきかな子供の声。全く迫力がなかった。そんなK’の姿を見てさらに笑い声を上げるクーラだった。
「いい加減にしろ!」
目の前のクーラに向かって拳を繰り出した。直後、クーラの手がK’の小さな握り拳を難なく受け止める。
「お姉ちゃんに向かって、その態度はなんなの?」
クーラが立ち上がり、子供のK’を見下ろす。
「うっ…」
その迫力にK’は思わず尻込みした。子供の身長になった今、クーラがものすごく大きく感じる。
童顔ながら、もとより女としては長身のクーラだ。今のK’にはすごく大きな存在だった。
「悪い子には、お仕置きしちゃうぞ〜?」
クーラのにやけた顔でなされた発言に、K’はさすがにカチンときた。
「お前!」
K’の右手に炎がたぎる。
その鬼気迫る光景に余裕をかましていたクーラもマキシマも思わず目を見開いた。
…のは一瞬のことだった。
「あ…ああっ!!」
目を丸くするK’。彼の手のひらにはマッチ程度の火がポツンとわびしく浮いていた。
「あーっはっはっはっはっ!!」
クーラは床を叩いて再び笑い出した。マキシマもまた、口を押さえて笑いをこらえている。
当のK’はというと、屈辱に身をふるわせわなないていた。
これがクーラをガキ呼ばわりしていた報いかよ…K’は心底自分の言動を痛感していた。
「ひょいっと」
「なっ!?」
クーラは軽くK’の体を持ち上げる。猫でも持ち上げるように頭の上へと上げる。
「お姉さんに逆らった罪で、くすぐりの刑だよ!」
「うわははははは!!や、やめ、はーっはっはっ…!」
今度は子供K’の甲高い笑い声が部屋を包んでいた。
日もすっかり昇った午後。
ランチタイムを迎えて3人の男女がテーブルにつく。
それ自体は珍しいことではない。
「おい…なんで俺がここなんだ!?」
「しょうがないだろう、お前の身長に合うイスがないんだから」
K’はイスに腰掛けるマキシマの膝の上に座っていた。
「なぁ〜に?わたしのひざの上のほうがいいの?」
「じょ、冗談じゃねえ!」
クーラの問いかけにK’は慌てて否定した。
「「いただきまーす」」
クーラとマキシマの声が並び、彼らの食事が始まる。
「はいケイちゃん、あ〜ん」
クーラはフォークに刺さった食べ物をK’の前にやさしく差し出す。…まるで赤ん坊に食べさせるように。
「誰が”ケイちゃん”だコラ!」
激しく憤慨するK’。そんなこともお構いなしにクーラは続ける。
「だって、今のあなたじゃお皿まで手が届かないんじゃないの?」
クーラの顔にどことなく挑発的な笑みが浮かんでいる。…K’は手を伸ばしてみるが、確かに届かない。
「ならこうやって取ってやるぜ!」
憤慨したK’はテーブルの上へと身を乗り出す。
「テーブルの上に乗るんじゃねえー!!」
まるで猫をひっぱたくように、マキシマのゲンコツがK’を直撃する。ゴツンという音が響き、K’の体がテーブルから転げ落ちる。
「く…もうメシなんざたくさんだ…」
K’は棚の片隅においてあるビーフジャーキーの袋を手に取った。そしておもむろに口に放り込む。
「うん、これだ。これさえあれば…うっ…!」
好物のはずのビーフジャーキーがおいしく感じられない。塩辛さとスパイシーさが舌を過度に刺激し、くどい感じばかりが口に残る…。
「(…味覚まで子供になっちまってるのか…!?)」
K’は頭を抱えた。ふと振り返ると、クーラがデザートのアイスクリームを食べようとしている。透明なガラスの容器に乗った白いアイスクリームを前にK’がふと目を奪われる。
「(…何でだ…あんなもんがやけにうまそうに感じられるじゃねえか…)」
K’の視線にクーラがふと気づいた。
「なあに?食べたい?」
「だっ、誰がそんなお子様の食うもん!」
「悪かったな、お子様好みのものが好きで」
横からマキシマがつぶやく。
「よし、お前も子供なんだ。遠慮なく食え」
「なっ!?」
「好き嫌いをする子供は将来人間関係にも好き嫌い言うからな。今のうちに教育として食べさせよう!」
マキシマはK’を後ろからつかみ上げ、暴れる手足を押さえる。
「はい、ケイちゃんあ〜ん♪」
クーラもノリノリの笑顔でスプーンに乗せたアイスをK’へと近づける。
「やめろおおお!!離せええ!!」
大声を上げて抵抗したのがまずかった。K’の開いた口を狙いすまして、クーラがすばやくスプーンを突っ込む。
「うっ!」
K’の口の中に甘くとろける味がジワジワと広がっていく。
「(うまいじゃないか…!)」
口の中に広がる幸せに、声こそ出さないがK’の表情は見る見るうちにほころんでいた。
そして、直後にK’の顔はしまった、と強張った。
先程までの表情を、クーラとマキシマがしっかり見ていた事に気づいたからだ。
「どう?おいしいでしょ?」
「これでお前も俺達の仲間だな」
満面の笑みを浮かべてK’の顔を覗き込む二人だった。
「うわあああぁぁぁん!!」
K’は自己嫌悪からまるきり子供の泣き声のような悲鳴を上げて逃げていってしまった。
それから日没になるまで、K’はクーラのおもちゃのようにされて遊ばれた。
まるで日頃の恨みを晴らすのは今だと言わんばかりに子ども扱いし、からかった。
今のK’の様子は子供に徹底的にかまわれて、疲れ果てた子犬のようだった。
完全に明後日の方向を向いて寝そべっている。
「ねえ、ケイちゃ〜ん♪」
「……………」
K’は微動だにしない。もう言い返す気力もないようだ。
「キャンディー食べる?」
「……………」
やはり返答がない。すねている訳でもなく、怒る気力すらなかった。
「ねえってば」
「……………」
寝そべるK’の横に寝そべり、顔を近づけて話しかけるクーラだった。
「クーラ、その辺にしておきな。さすがにK’も疲れたようだ」
マキシマがもっともな意見を言う。
「じゃあ、わたしもいっしょに寝る」
クーラはK’の横に寝そべって瞳を閉じた。クーラの手はK’の体の上に包み込むように添えられていた。
K’はうっとうしさを感じるよりも先に、何か遠く懐かしいものを感じた。
クーラの手から伝わる体温が、何かを思い起こさせるようだった。
「全く…こんな所で寝ると風邪を引くぜ」
マキシマが二人にそっと毛布をかけた。
−何か…遠い記憶の片隅の何かが、頭の中をよぎるようだった−
「K’」
自分を呼ぶ声が聞こえる。聞き覚えのある女の声が耳に響いた。
「あ…?帰ってきたのか…?」
K’の目の前にはウィップがいた。ウィップもまた、子供の姿となったK’を前に信じられないという顔をしている。
…そしてしばらくの時間が過ぎた。
「………ダメね、さっぱりわからないわ」
「やっぱりそうかよ」
忌々しそうにK’は息を吐いた。子供なってしまうような原因など何もない。それこそ呪いか何かでもかけられでもしなければ納得の出来ない現象だ。
「…ダイアナにも問い合わせてみるわ」
ウィップが見やったその傍らで、クーラはすうすうと静かな寝息を立てている。
「よく寝てるわね。遊び疲れたのかしら」
「疲れたのはこっちの方だぜ。散々俺で遊びやがって」
「その様子だとたっぷり遊ばれたみたいね」
ウィップは静かに目を細めた。
「チッ、人事だと思って…」
K’が嫌そうな顔をして寝息を立てるクーラを見やる。
「クーラは、あなたにいつも子供扱いされてるのが嫌だったのよ。だから、思わず羽目をはずし過ぎたみたいね」
「おいおい、俺のせいだってのかよ。いくらなんでもやり過ぎってもんがあるぜ」
「まあ、そんな体じゃあね」
ウィップは子供になったK’の姿を見て、小さな忍び笑いを漏らす。
「テメエまでそう言うかよ」
その瞬間、ウィップの腕がK’の背中へと回された。
「おい、お前まで俺で遊ぶ気か!」
ウィップの腕に力がこもる。気づけば、ウィップはK’を抱きしめていた。
「お、おい…!」
ウィップの返答はなかった。ウィップの顔はK’と目をあわせようともせず、うなだれていた。ウィップの体が震えている。その突然の様子にK’は思わず動揺した。
「…んね…」
何を言っているのかK’はよく聞き取れなかった。
しかし、ウィップは心の中でK’へと、何かを謝っているように聞こえた。
ゆっくりと、ウィップの腕がK’から離れていく。
「ごめんね、私も何だかあなたをからかってみたくなったみたい。それじゃあ、また明日、ダイアナにも尋ねてみるから…」
ウィップは振り返るとK’に静かに微笑みを向けた。そうしてそのまま、去っていった。
「おい…!」
ウィップは無言で背中を向けたまま、部屋を後にした。
心なしか、K’にはその後姿がとても寂しそうに見えた。
K’は急に強烈な眠気に襲われ、そのまま眠りへとついていった。
−自分はどこにいるのだろうか。
辺りは白やら灰色やら、何とも言えない霧のようなもので包まれ、定かではない。
自分の手を見やる。
確かに自分の手だ。
それも、子供の姿などではなく、元の自分の姿だ。
自分は元の姿に戻れたのだろうか。
目の前に、何者かがいる。
はっきりは見えないが姿形からして子供のようだ。
男の子供か。
…なぜ、こいつは泣いているんだ?
「おい、お前」
子供は声もなく泣きじゃくるだけで、返事をしない。
「おい!お前は誰なんだ!」
K’は子供の肩をつかんだ。
その瞬間、目の前の子供は周囲の景色に同化するように、消えた。
「………!?」
K’は周囲を見渡した。子供の姿はどこにもない。
『もう、いないんだ』
突然、後から男の声が聞こえてきた。
「誰だ!」
K’は背後の男へと振り返る。背丈・体格はK’と同じ位。しかし、顔はよく見えない。
『あの子供は、もうすぐ消え去ってしまう』
男はK’へと向かって言葉を続ける。
「どういう事だ」
『もう、あの子供は消えてなくなってしまうんだ。お前のせいで』
「…俺のせいだって?」
『だから泣いていたんだ。お前自身に否定されるのが嫌だったんだ』
「俺が…否定するだって…!?」
呆気に取られるばかりのK’を前に、男は続ける。
『あの子供は確かにお前だったんだ。だけど、もうお前はお前なんだ。
自分を忘れてほしくなくて、最後にとお前の目の前に現れた』
「一体…お前は誰なんだ…!」
『今まで自分を取り戻すために戦ってきた、お前は確かにK’だ。
だが忘れるな。どんなに否定しても、どんなに恐れてもお前はあの子供だったんだ』
男の顔がわずかに晴れた。K’と同じ、銀髪の褐色肌だった。
「まさか…お前は…」
『それは記憶の薄いクーラにとっても、そして記憶を頼りにしてきた姉さんにとってもな』
「そうだ、お前は、確かにお前は!」
『僕の姉さんを、悲しませるなよ…!』
「待て、クリザ…」
K’と同じ姿をした男は、何の前触れもなくあっという間に消えた。
朝の日差しが部屋の中に差し込める。
目覚まし時計が鳴るよりも早く起きた自分は、いつの間にか元の姿に戻っている事に気がついた。
隣では毛布にくるまったクーラが寝息を立てている。
…あれは夢だったのだろうか。
「ようK’…!お…お前、いつの間に元に戻ったんだ?」
「知らねえよ」
K’はぶっきらぼうにマキシマへと返した。
「け…K’!」
ウィップは驚いた表情でK’の顔を見つめた。
「よう…心配かけたな…」
K’の顔はどことなく、静かに微笑んでいるようだった。その顔を見てウィップも安心したように唇をわずかにつり上げた。
「あーっ!もう元に戻ってる!」
クーラが驚きとも残念とも言える表情を浮かべ声を上げた。
「よっ、おはようクーラお姉様」
わざとらしそうにK’はつぶやき、ポンとクーラの頭の上に手を置いた。
「むー、ぜんぜん反省してない!」
クーラの憤慨をよそに、K’はさわやかな面持ちで朝日の下を歩いていった。
ウィップもまた、そのK’を静かに見つめていた。
K’の心に訪れたメッセージを最後に、K’のたった一日の小さな世界は終わりを告げた。
〜後書き〜
この話に関しては、少々ツッコミがあるかもしれませんね…。
個人的には、クリザリッド=昔のK’(ウイップ、セーラの弟)といった感覚で捉えていました。
]Tのストーリーを見る限り、記憶を取り戻すためにK’としてマキシマ達と行動している内に、K’にはK’という人格が形成されてしまったのではないかという気がします。
イグニス戦直前で断片とはいえ記憶を取り戻したとはいえ、もう彼はそれまでの行動と経験でK’という人物になってしまっているのではという解釈があります。
だから記憶を取り戻したにも関わらずK’を名乗っているとか、作中ではウィップを姉と呼んでいないとか憶測を立てています。
…となると、ウィップにはクリザリッドが死んだ時点で弟はもう死んだとも言える訳で、悲しいものがあります。
(K’もまぎれもなく弟である事は間違いないと思いますが、それとは別の方面で)
K’を子供にしてみようと考えたら、クーラやマキシマは面白がりそうだけどウィップは直視できないところがあるかなあ…と考えていたらこうなりました。
子供化にも、もう消えつつあるセーラの弟としてのK’のメッセージという理由付けになりました。
クリザリッドはそのイメージ、代弁と言う事で…。
この自分設定が受け入られた方も納得いただけなかった方も
ここまでお付き合い下さいましてありがとうございました。